平成29年3月19日週報より

「信じる」ということは、無理があるような気がします。無理に信じたのなら、平安はないでしょう。「主が共にいて下さる」「主の御手の上に乗せられている」と言う事は、無理に信じようとしても、信じられる事ではありません。はっと気づくのです。「信じる」と言う事は、それからあとのことです。「信じようとする」ことは、人間の側の、心の働きですが、分からせて下さるのは、上から、聖霊の働きによるのです。それから後の「信じる」と言うことは、無理な心の働きではなく、「信じる」者とされた、人間全体の、神信頼の姿勢にすぎないのです。

 聖霊は、あなた方に全てのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。〔ヨハネ14章26節〕

〔金田福一著 霊想の糧より〕