平成30年3月25日週報より

キリスト者とは、人を責める人ではなく、自分の罪をお詫びする人です。もし家族が、人を責める罪を犯すならば、そのことをお詫びしなければなりません。しかし、お詫びに誠意が欠けるならば、それは、卑怯な罪にすぎません。お詫びすることによって、己を肯定したり、開き直りであったり、口先であったりする事もあるからです。新島襄先生は、生徒の罪をみずからの罪と感じて、おのれを打ちました。それは、誠意であって、演技ではありませんでした。イエス様は、私達の罪をお詫びして、十字架にかかって下さいました。本当のお詫びとは、自らの十字架を負う事なのです。

「父よ、彼らをお許しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」彼らは、くじをひいて、イエスの着物を分けた。ルカ福音書23章34節

〔金田福一著 霊想の糧より〕