キリストが、「なにをして下さったか」という、過去のことについては、いくぶんか、信じられていると思いますが、今も「なにをして下さるか」という、現在のことについては、あまり信じられていないのではないでしょうか。しかし、キリスト者の信仰も、生きる力も、自分で作り出すものではなくて、「うえから、与えられる」にすぎません。「上から与えられる」とは、現在、生きておられるイエス様が、「して下さる」ことにすぎないのです。キリスト者とは、この事だけに希望を置き、信頼を置いて、無造作に生きている人々なのです。彼の平安も、彼の明るさも、イエス様が「して下さる」ことに、信頼しているからなのです。
あなた方は、いと高きところから、力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。
〔ルカ24章49節〕
〔金田福一著 霊想の糧より〕